慧沼

慧沼

えしょう

慧沼(648–714、通説)は中国法相宗において窺基の唯識解釈を継承した。その『成唯識論了義灯』は、『成唯識論』をめぐる対立する解釈に対して窺基の説を擁護する。次代では智周がその注釈の業を継いだ。没年は通説では714年とされるが、DILAが引く碑文に基づく再検討では726年から741年の間とされる。

淄州慧沼 · 唐 · 648-714(通說)

別称:惠沼、淄州、淄州大師

著作と訳経